福沢諭吉が保険を紹介してから150年 (産経新聞より)

日本の近代化に大きな足跡を残した福沢諭吉が、西洋の近代的な「保険」を国内に紹介してから150年が経過した。

 

中でも、明治期に大規模な海上運送が本格化し、そこで発生する海難事故に対応して始まった「損害保険」は、昭和時代は自動車交通の発達で自動車保険が台頭、今はサイバーテロによる損害の補償まで視野に入れる。

時代を映す商品の変遷を追った。

 

福沢は慶応3(1867)年、著書『西洋旅案内』の「災難請合の事イシュアランス」で保険を初めて体系的に紹介した。

《平生無事の時に人より割合の金を取り、万一その人へ災難あれば大金を出してその損亡を救う》

福沢自身も訪米時に大金で洋書などを買い、帰路の荷物運送に日本人として初めて近代的な海上保険をかけた。

 

実業家の渋沢栄一、岩崎弥太郎らの尽力で、明治12(1879)年、日本初の保険会社、東京海上保険(現・東京海上日動火災)が誕生。

また、21年には日本初の火災保険会社、東京火災保険(現・損保ジャパン日本興亜)が開業する。

同社の記録では「最初の火災保険金の支払いは23年、浅草大火だった」という。

大正時代、損害保険全体の約8割を主に法人が顧客となる海上保険が占めたが、時代が下ると、個人向け商品が次々に誕生する。

 

昭和の経済成長期には自動車損害賠償責任保険(自賠責)が誕生。車の普及で事故が急増したからだが、「強制加入で日本独特」(日本損害保険協会の広報担当)だという。
昭和39年には自動車保険の保険料収入が海上保険と逆転した。41年、地震保険制度が創設され、団地保険、釣り保険、住宅火災保険、海外旅行傷害保険など個人向けの商品が発売され、普及していった。

最近はインターネットやドローンなど、急速な技術革新で生じている新たなリスクに対応した商品開発が目覚ましい。
東京海上日動の企業向け「サイバーリスク保険」は、サイバー攻撃による損害賠償責任やさまざまな対応費用、事業中断による利益損害などに対応する。欧米でグループ会社が先行販売しており、日本向けに開発した。また、本格的な普及が始まり、用途が広がっているドローンによる事故を補償する保険も登場している。
損保ジャパン日本興亜は、サイバーリスクに関する商品やサービスをワンストップで提供する「SOMPOサイバーリスクソリューションプラットフォーム」を公式サイトに開設。保険にとどまらず、リスクに応じて関連サービスを組み合わせて解決を促す。
三井住友海上火災は、iPS細胞(人工多能性幹細胞)などを使った再生医療の臨床研究向けの保険を始めた。日本再生医療学会が主体の制度で、細胞移植で健康被害などが生じた場合に患者へ支払う。
インターネット上で取引される仮想通貨「ビットコイン」のトラブルに対応する保険は国内初。仮想通貨は、利用者の財産の補償が普及の課題となっていた。
来年1月から契約が始まる新型サイバー保険は中堅・中小企業が対象だ。国内を狙った攻撃関連の通信が増加していることから、攻撃の対象は大企業や行政機関に限らないと判断した。

 

創立100年を迎えた日本損害保険協会の原典之会長(三井住友海上社長)は「損保業界は、社会を支えるインフラとして環境変化に対応することで成長を遂げてきた。今後、社会の変化のスピードは増すだろう。今まで以上に前向きに対応したい」と話している。

 

【インステック総合研究所コメント】

商品の変遷を改めて振り返ると面白い!