金融庁検査が変わる (NHK WEB NEWSより)

融資の問題点を突き、厳しく対応を迫る検査官。必死に抵抗する銀行員。テレビドラマでもおなじみとなった「金融庁検査」の1シーンです。ここで、検査官が振りかざす手引き書が「金融検査マニュアル」。バブル崩壊後の不良債権問題が深刻になっていた平成11年に導入されたこのマニュアルは、日本の金融システムの回復に貢献したと評価されています。
ところが金融庁は、検査を抜本的に改めることになりました。なぜ今、金融庁は「成功体験」ともいえる検査手法の転換を迫られているのでしょうか。

 

マニュアル順守で“守りの経営”に

「数年に1回、金融検査マニュアルのチェックリストに沿った定期検査を行い、許認可や非違事項の処分を中心とした監督を行うというあり方では、実質・未来・全体の視点で検査・監督を深めることは難しい。金融検査マニュアルは、抜本的な見直しを図ることが適当である

これは、金融庁の有識者会議が、3月17日にまとめた報告書の中身です。かつて、不良債権処理を進める金融行政のバイブルとも言うべき存在だった「金融検査マニュアル」を根本的に改めるよう提言しています。

報告書には、マニュアルに沿うことを重視した検査による弊害を、厳しい言葉で指摘しています。

「形式的でさまつな指摘が助長され、実質や全体像が見失われる」
「自己変革を避ける口実となる」

金融機関に、マニュアルに従ってさえいれば安泰だという“守りの経営”の意識を強めてしまうという問題意識が、色濃く反映されています。

“切り札”は時代遅れに

「金融検査マニュアル」が登場したのは、18年前。銀行は巨額の不良債権に苦しんでいました。前の年には、「長銀」や「日債銀」が相次いで経営破綻。その後、全国の地方銀行でも経営破綻が続きました。重い病にかかった金融機関に対する荒療治の処方箋、いわば日本の金融システム復活への「切り札」として導入されたのが「金融検査マニュアル」でした。

マニュアルに基づく検査はしゅん烈を極め、「凄腕」や「鬼」などと称された検査官が担当となった金融機関からは「損失拡大や経営責任の追及を覚悟しなければ」という声も聞こえたほどです。

不良債権の処理と財務の改善を厳しく迫った検査には、金融機関の「貸し渋り」や「貸しはがし」を助長したという批判も高まりました。当時の状況を、金融庁の関係者は「世間の反発が強かったのは事実だが、金融機関の財務状況を正確に知るにはマニュアルが欠かせなかった。通らざるをえない道だったと思う」と振り返ります。

今の金融検査マニュアルは、別冊などを除く本体だけでも360ページ以上に及び、「経営管理(ガバナンス)」「金融円滑化」「リスク管理等」の3編で構成されています。なかでも、圧倒的な分量があるのが、3つ目の「リスク管理等」。リスク管理体制の整備や自己資本の充実など、細かなチェック項目がびっしりと並んでいます。

しかし、不良債権処理の切り札として活躍した金融検査マニュアルは、金融機関の財務が改善するにつれて、その意味合いが薄れていきます。「もはや時代遅れ」という声が金融庁の内部からあがるほどです。

「人口の減少」に「長引く低金利」。金融機関を取り巻く環境が変わった今、金融庁の問題意識は、不良債権の処理ではなく、各金融機関が持続的に成長できるビジネスモデルをどう描くのかという点に移っています。

検査 どう変わる?

有識者会議も金融庁も、変革が欠かせないと考えるに至った「金融検査マニュアル」。では、どう変わるのでしょうか。

金融庁は、大量にあるチェック項目を絞り込んだり、金融機関を監督するうえでの留意点をまとめた「監督指針」と一本化したりして、形式的な検査から脱却するとしています。そのうえで、融資の1つ1つを厳しく査定する手法を改め、金融機関の取り組みが取引先企業の経営や地域経済に役立っているのかという視点を検査に反映させる方針です。

具体的には、金融機関が融資をする際に担保を取っているかどうかではなく、企業の将来性を評価しているかを重視すること。そして、金融機関の将来に向けたビジネスモデルや経営の管理体制、いわゆるガバナンスに問題がないかに着目することを、重点的に検査することにしています。

“新たな”リスクに対応できるか

では、かつて、マニュアルを“武器”に金融機関に切り込んだ金融庁の幹部は、検査手法の見直しをどう見ているのでしょうか。

今回、話をうかがったのは、平成16年から3年間、金融庁長官を務めた五味廣文さん。マニュアルの見直しには賛成だとしていますが、その理由は、将来のリスクに備える危機対応の側面が強いと感じています。

「金融検査マニュアルは、もはや“古文書”のようなもので、もっと早く見直すべきだった。自分が長官のころは、まだ不良債権問題に引きずられ、金融行政の意識改革を進められる状況ではなかった。金融庁も金融機関も、金融危機を経験し、当時、問題となったリスクへの対応は身についた。しかし、これまで経験したことがない将来のリスクに対応するためには全面的な書き換えが必要だろう」

五味さんは、金融庁が十分に役割を果たすには、マニュアルの見直しだけではなく、それを運用する人材の面で課題が残ると指摘します。

「組織の体制や人材の確保も課題だ。金融庁は、将来の新たなリスクに対応する訓練を行ってこなかった。当時のノウハウを機能の一部として維持しつつ、人材を育てていけるかどうかが問われる」

金融機関の受け止めは? 期待と懸念

一方、マニュアルに従う立場の金融機関は、今回の見直しをどう受け止めているのでしょうか。

ある地方銀行の関係者は「これまではマニュアルに従っていれば問題ないという認識があり、箸の上げ下げまで細かく指示される状態に慣れてしまっていた。マニュアルが抜本的に見直され、短期的には戸惑う金融機関が増えるだろうが、金融機関の自主的な取り組みが奨励されれば、ビジネスに独自性が生まれ、金融業界や顧客にとってプラスになるのではないか」と話していました。

一方で、「マニュアルは、金融行政の権限に歯止めをかける役割もあった。マニュアルに沿った一律の行政対応でなくなると、金融庁の裁量の拡大につながるおそれもある」と懸念する声もありました。

マニュアルからの脱却 その先に何が

たしかに、最近の金融行政に対しては「ビジネスモデルにまで口を出してくる」と反発する声があるのも事実です。
金融検査マニュアルの見直しが、金融機関の経営の自由度を増し、革新的なビジネスの誕生やサービスの向上につながるのか。反対に、行政の裁量権が強まって、金融ビジネスが硬直化することはないのか。
変革期を向かえた金融庁の検査によって金融機関はどう変わっていくのか。しっかり見ていく必要があると思います。